やしぶろ

適当にやっていきたいです。

他人とか気にして

苦しくないんだろうか。

 

たとえば「自分の絵、好きだわー」と思う時。すかさず心の中のアンチが「でもそうじゃない人もいるだろうね?」みたいに言ってきます。

「漫画早く描けた!いつもよりうまい!」と思う時。心の中のアンチは「早ければいいってわけじゃないし、おまえよりうまい人はたくさんいるね?」と言ってきます。

 

心の中のアンチは、世界中探せばいくらでもいるであろう私の敵で、つまり他人です。いつも敵である他人が言いそうなことを心の中で唱えさせられます。それは結構苦しい時もあって、なにを信じるかが定められないんですね。

「二度あることは三度ある」と「三度目の正直」の諺を知った時、子供だった私は「どっちだよ」と思いました。今もそう。ひとつ信じたいものがあっても、信じたいものを否定する言葉も簡単に生まれる。だからどちらも信じられないし、しいていうなら自分に都合がいいほうに動くだけ。

 

聞こえない声が怖いんだと思います。実際「背景ちゃんと描いてください」「ネーム状態ですね」みたいな批判?コメももらったことはあるのですが、「せやな」と軽く受け止めてすらっと流しますし、そういうコメントは言うほど怖くない。少なくともそういうコメント受けて「漫画描くのやめよ!」ってなったことはない。

本当は「下手だなぁ」って思ってるのに何も言わないとか、そういうのが怖いんだと思います。いや、といっても「じゃあ下手と思ったら下手と言ってくれ」というわけじゃないのですが。下手と思っても見逃して。私も多分わかってる。

 

評価はなんだかんだで気になってしまうんだろうし、聞こえない他人の声も気になってしまうんだろうし、ただ「楽しくやればいいじゃない」と言われてもそれが一番難しいってことは多分この界隈の連中ならみんなわかることだろうと思う。

プライドを持ったあさましい人間だからきっと人との違いを欲しがってるんです。

 

でもこっちが何を思って描いていようと作品には出てこない。周りから見えるのは作品の数だけ。こっちが暗い気持ちで描いていようと楽しい気持ちで描いていようと、読者から見えるのは「いつものあの人の漫画」なわけでね。

だから暗い気持ちだろうと楽しい気持ちだろうといつだって描くんですよ。やる気があったってなくたって描くんですよ。描けば描けたことになるんだから。

あとから思い返せば自分だってその時の気持ちを忘れてしまう。カレンダーだけ見直してもその時自分がどんな状況下で描いていたとかすんなり思い出せるものではない。残るのは結果だけ。

 

過程なんてどうでもいいのよ。頑張って描いたって手抜いて描いたって、結果は左右されるもんじゃないんだから。そんなのは自分がよく知ってるのだから。

一生懸命考えて一生懸命時間かけて描けば必ずいい思いをするなんておいしい話はないんです。無駄に気苦労背負って向かうくらいならそんな気苦労捨てちまえ。背負いすぎれば折れるんだから。

世間ではぽっと出の思い付きで描いたものが読まれるんだとしても、でも私は、一度ぺらっと読んで1週間も経ったら忘れてしまうようなものは描きたくない。覚えててよ。なんでもいいからちょっとの機会で思い出せよ。思いの丈を感じろよ。

 

「他人を気にするな」とか無意味なアドバイス。人間やめろって言ってるようなもんだ。「あなたは素晴らしい人間だ」とか根拠もない褒め称え、なんにも心に響かない。

いつか花が咲く時は来るんだろうかね。答えが見つかるのを毎日待っているよ。